東京高等裁判所 平成2年(行コ)107号 判決 1992年2月06日
控訴人(原告) 株式会社文英堂
被控訴人(被告) 中央労働委員会
参加人 文英堂労働組合
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 中労委昭和六二年(不再)第六〇号事件について被控訴人中央労働委員会が昭和六三年一〇月一九日付けをもってした不当労働行為救済命令を取り消す。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人及び参加人の負担とする。
二 被控訴人及び参加人
主文と同旨
第二事案の概要
一 本件紛争の経緯と救済命令の成立
以下に付加訂正するほかは原判決事実及び理由欄第二の一(原判決四頁三行目から同一二頁四行目まで)に記載のとおりである。
1 原判決五頁三行目の次に改行のうえ「同年五月二〇日、控訴人と参加人文英堂労働組合(以下「参加人組合」という。)は、昭和六〇年度及び昭和六一年度の暫定的な賃上げ並びに昭和六一年度の夏期一時金等について協定を締結するとともに、賃金体系問題については労使双方が引き続き交渉する旨の覚書を作成した。」を加える。
2 同頁四行目の「原告が申し入れた団体交渉を参加人が拒否し、」を「、控訴人から右賃金体系問題についての団体交渉を同月二三日に開催したい旨の申入れがなされたのに対し、参加人組合は、同月一七日、賃金体系問題の交渉よりも賃金明細書の記載の問題の解決が先決であるとして右申入れを拒否した。そして、同月二〇日、右賃金明細書の問題について団体交渉が行われ、労使間の確認が成立したが、同月二三日に賃金体系問題についての団体交渉は行われないまま経過した。また、」と改める。
3 同七頁五行目の次に改行のうえ「同年一一月四日、参加人組合は控訴人に対し、書面で、<1>右口頭提示事項が予備交渉のルールではなく、団体交渉(本交渉)のルールであると解釈するのか、<2>右口頭提示事項が団体交渉のルールとして確定しない限り団体交渉をする考えはないか、の二点について質問したところ、これに対し、控訴人は、同月六日付けの書面で、右二点をいずれも肯定する回答をした。」を加える。
4 同頁七、八行目の「申入れをしたが、」の次に「口頭提示事項は予備交渉のルールであるとの立場から、右各団体交渉の申入れにおいては傍聴人の参加及び組合側交渉員数の制限に何ら言及せず、従前どおりの団体交渉を求めるような申入れであったため、」を加える。
5 同八頁一行目の「同月五日付けで」の次に「年末一時金に関する」を加え、同行の「その際、」の次に「年末一時金の支給日である同月一〇日が切迫していることからそれまでに決着をつける必要があると考え、」を加え、同頁三行目の「回答した。」の次に「参加人組合は、同月一〇日付けで年末一時金に関する団体交渉を申し入れたが、控訴人から口頭で拒否され、右団体交渉のないまま同月一七日に至り、控訴人に対し控訴人回答額で妥結する旨を通告し、同月一八日に年末一時金に関する協定を締結した(なお、控訴人は、右協定が同月一七日の団体交渉の結果締結されたものである旨主張するが、同月一七日に団体交渉が行われたとは認められない。)。」を加える。
6 同九頁三行目の「そこで」を削除し、同行の「同年三月二七日付け」の次の「、」を削除したうえ「で賃金体系及び春闘要求等に関する団体交渉を申し入れ、引き続き」を加える。
7 同一〇頁二行目の「なかった。」の次に「右団体交渉は、控訴人が参加人組合に対し同月二五日から職能給を基本とした新賃金体系を実施する旨を通告するだけの短時間のものにすぎなかった。」を加える。
8 同頁六行目の次に改行のうえ「右新賃金体系は、前記賃金体系問題に関する覚書に基づく団体交渉が一度も行われることなく、同月二五日から実施された。」を加える。
9 同一一頁九行目の次に改行のうえ「参加人組合は、同月一八日付けで、春闘要求等に関する団体交渉の開催を重ねて申し入れたが、控訴人は、参加人組合の春闘要求には応じることができないとして、同月二二日付けの書面をもって団体交渉打切りを通告した。」を加える。
二 争点
原判決事実及び理由欄第二の二(原判決一二頁六行目から同一三頁二行目まで)に記載のとおり
第三証拠<省略>
第四争点に対する判断
一 第二次あっせんの際の口頭提示事項が、予備交渉のルールであるのか、それとも団体交渉(本交渉)のルールであるのかについて、相反する証拠が提出されていることは、原判決が争点に対する判断の一で指摘するとおりである(当審証人左宗輝臣も控訴人の主張に沿う供述をする。)。
従前からの紛争経過及び第二次あっせんが団体交渉ルールの設定を求めた控訴人からのあっせん申請によるものであることを考えると、口頭提示事項が予備交渉のルールにすぎないと断定することには疑問がある。しかし、他方、文書によるあっせん提示事項の中で、これから予備交渉を行って団体交渉ルールについて取り決めるべきことを求めているのに、その団体交渉ルールの内容、しかも傍聴人の排除及び組合側の交渉員数の制限という労使双方にとっての最重要事項を先取りして確定的に提示するというのは不自然の感を免れないし、また、もし右二点を確定的な団体交渉ルールとして提示したのであれば、これをあえて書面提示事項に含めなかった理由も理解し難いところである。
これらのことを考えると、右口頭提示事項は、団体交渉ルールと全く無関係のものではないにしても、せいぜいのところ、今後の予備交渉で団体交渉ルールを取り決めるに当たって拠りどころとすべき一つの基本案を示したものにとどまるとみるのが自然であり、それ以上に、双方の交渉の余地を全然認めない最終的な団体交渉ルールそのものであるとまでは認めることができないというべきである。控訴人のあっせん申請事項が団体交渉ルールの設定にあったことは前記のとおりであるが、第二次あっせんまでは、団体交渉の傍聴人の参加及び組合側の交渉員数を制限する自主交渉が全く物別れの状態のままで団体交渉が行われてきた状況からみると、第二次あっせんで右の点につき交渉の土台となる基本案を提示することは、あっせんとして十分意味を持つことであったということができる。控訴人提出の全証拠をもってしても右認定判断を左右するに足りない。
そうであるとすれば、控訴人が口頭提示事項により最終的な団体交渉ルールが確定されたものであるとの前提に立って、参加人組合との予備交渉を打ち切り、その後同組合からの団体交渉の申入れを団体交渉ルールに反するとの理由で拒否し続けたことは、正当ではなく、不当労働行為に当たるといわざるを得ない。
二 また、労働争議に関するあっせんは、実際上、その意味内容が常に一義的に明白であるとは限らず、その解釈をめぐって労使双方の見解に不一致が生じることがあり得るのは避け難いところである。そして、あっせんに関しては、調停案の解釈に関する労働関係調整法二六条所定の手続のような、解釈の対立を有権的に解決する手続が定められていない。この場合に、労使のいずれか一方が自己の解釈に固執して、相手方がこれに従うのでなければ団体交渉に一切応じないとする硬直な態度をとり続けることは、たとえその解釈自体には誤りがなくても、時宜に応じ柔軟な対応が求められる流動的な労働関係の特質に鑑み、事案によっては正当性を認められない場合があり得るというべきである。
この見地からみると、仮に前記の口頭提示事項が団体交渉のルールであったとしても、本件の事実関係の下では、控訴人の団体交渉拒否は正当な理由があるものとは認め難い。その理由は、次に記載するほか、原判決が争点に対する判断の二で説示するとおりである。
1 原判決一七頁三行目の「合意」から同四行目の「いわざるを得ず」までを「右合意に従う意思を示さず、従前どおりの形態での団体交渉を求めるような申入れをしているが、口頭提示事項が団体交渉ルールであったとする限り、この申入れは当事者の交渉経過を無視し、あっせんを無意味ならしめるものといわざるを得ず」と改める。
2 同頁一〇行目の「申し入れている。」の次に「この間、年末一時金、新賃金体系の問題、春闘要求といった団体交渉による解決が望まれる事項が連続していたが、」を加える。
3 同一八頁七行目の次に改行のうえ以下を加える。
「控訴人は、むしろ控訴人の方こそ団体交渉開催のための努力をしたものであり、初審命令後である昭和六二年一二月九日に予定されていた団体交渉についても、参加人組合側の要求をいれて組合側交渉員数八名で団体交渉を行うことを認めたのに、参加人組合ではこれに応じなかった旨主張し、当審証人左宗輝臣は右に沿う供述をするけれども、前記のとおり、控訴人は、たび重なる参加人組合からの団体交渉の申入れに対し一度も応ぜず、本件不当労働行為救済申立の後である昭和六二年四月二二日にようやく団体交渉に応じたものの、実のある交渉は行われず、その後も団体交渉を拒否していたものであり、また、当審証人吉田明生の供述及び丙第三号証によると、昭和六二年一二月九日の団体交渉については、参加人組合から開催要求があったにもかかわらず、控訴人が前日夕刻までに交渉員数八名で団体交渉に応ずるか否かの回答をせず、当日朝になってようやく団体交渉に応ずる旨を表明したため、参加人組合東京支部の役員が京都の交渉会場まで来ることができず、参加人組合の態勢が整わずに団体交渉が開催されなかったことが認められるのであり、以上の事実に照らすと、控訴人の方が参加人組合より団体交渉開催のための努力をしたとは認め難く、控訴人の主張は採用することができない。」
三 以上によると、いずれにしても控訴人が参加人組合からの団体交渉の申入れを第二次あっせんの口頭提示事項に反するとして拒否し続けたことには正当な理由がなく、労働組合法七条二号に該当する不当労働行為であるといわざるを得ない。したがって、本件命令に違法はない(なお、本件命令が維持した初審の命令の主文の形式に違法がないことは原判決が争点に対する判断の三で説示するとおりである。)。
四 よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤繁 岩井俊 坂井満)